2016年7月23日土曜日

キャンパーとしてのUL指向

先日、奥多摩の山に登った。
ルートはキツい急登だったが、標高は1736.6m。鷹ノ巣山。
頂上の滞在時間は僅か5分間。
他人がいたこともあるが、私にとって山頂滞在時間はいつもそんなものだ。


登山では、やはり頂上を目指したい。が、それは本格的なピークハンターな指向ではなく、私が登山についてそれほどこだわりの無いシロウトだからであり、とりあえず自分の数少ないピークのコレクションにしておきたいだけの、全然大したことの無い動機からというだけだ。


素晴らしい景色、苦しかった登頂の達成感。それもこれも、私にとっては5分や10分で十分満足なのだ。
むしろ、ごちゃごちゃと人の多い頂上だと、逆にげんなりしてしまったりする。
今回は私も含めて僅か3人。閑散とした頂上。のんびりしたいい登頂だった。

そのまま下って、鷹ノ巣山非難小屋のエリアでツェルトを張ってキャンプをする。
実は私にとってはこちらがメインだったりする。
つまり、私の本質はキャンパーだ。


これまで、様々な物量キャンプをしてきた。
どちらかといえば贅を尽くしたキャンプが好きで、大きなタープ、大きなテント、サマーベッドなどが私の好きなアイテムだった。


テントは年々大きくなっていった。最後は小川テントのティエラⅡという、4人寝室がすっぽり入り、更にその倍もある前室スペースを持つ巨大なテントになった。

しかし当然ながら、これら物量キャンプは膨大な量の物資に支えられたものになる。
準備と後片付けがとんでもない労働になるのだ。


確かに快適は快適なのだが、いつしか私は逆の方向、つまりミニマムなキャンプを指向するようになっていた。
このミニマム指向は物量キャンプ当時から平行に意識していたところがあって、私はいつも頭の中で快適なキャンプとミニマム指向の両立を夢見ていた。

子供たちも大きくなり、だんだん家族全員の活動が異なる方向性を見せてきたころ、私はソロのアウトドアをするようになっていった。
直接はMTBだった。
独身時代からMTBを三菱JEEPに乗っけてキャンプがてらに山中に単独で走りにいっていた。
その後、自転車通勤に平行して手近なフィールドに走りにいっていたりした。これは全て日帰り。日中のみ。

もちろん、キャンプ&MTBなんて出来れば最高だなあ、とは思ったりしたが、キャンプの荷物量とMTBでの山中走破は到底矛盾した要素と認識して、無理と思っていた。

MTBだけでなく、ソロキャンプにも行くようになった。あまり遠いところではなく、ごく近所の低山、またはせいぜい奥多摩あたりだ。これは、一泊以上の計画は立てたことが無い。
まあ、家族を差し置いて自分ばかり遊び回るのも罪悪感があるし、自分の力量、知識量との兼ね合いもあるので、今のところはそれくらいで丁度いいのかもしれない。

近所の低山に山中野宿に行くのに、15kg以上、20kg程度も普通だった。


まあ、普通にキャンプをしようと思えば、そんなに珍しくも無い当たり前の重量なのだ。
これは私の足にずいぶん堪えた。そもそもが山岳経験などロクに無い私が、15kgや20kgの大型ザックを担いで、たとえ500m程度の低山に登るとはいってもどだい無理があるのだ。
息子と二人で奥多摩の雲取山登頂を目指したときも、やはりザックは20kg近かった。さすがに膝を痛めて途中の奥多摩小屋テント場で一泊して登頂は断念した。

そんな経験を何度も繰り返し、私は「ソロキャンプの荷物をなるべく軽くしよう」と、試行錯誤し続けた。
しかし、かつての物量キャンプの快適さをなかなか捨てられず、ザック重量はそれほど軽くはならなかった。

ソロキャンプを繰り返すうち、私は自分にとっての快適なキャンプのありかたで、何が捨てられるのか、何は捨てられないのかを、だんだんと見極めるようになってきた。とはいっても、これは今でも試行錯誤中で、いまだに最終形態は分からない。そんな究極のスタイルは無いのかもしれない。


しかし、未だに失敗を繰り返しながら続けるうちに、私の背負う重量はいつしか10kgを切るようになってきた。
頑張れば7~8kgでもいける。
まあそれは、食料計画がいい加減だったり、やっぱり座椅子が欲しいとか邪な考えで装備を増やしたりでなかなかアベレージは定まらないのだが、ふと「MTBで走れるくらいになったか?」と感じるようになった。
そこで、試してみる。私のひとつの理想の形、「キャンプ&MTB」。
やってみれば出来る。なるほど、と思った。そして、この形でも、更に様々な改善すべき点が山積みだと分かった。


日中の最高気温が35度を超す猛暑の夏、積雪の標高1800mの山小屋のテント場。
様々な条件でキャンプをしてみているが、毎回々々、定番的な装備でキャンプが出来るわけではない。
MTBも登山も、私にとってはメインの趣味ではなく、MTBでの走破、登山での登頂は、キャンプというヌルい快適野外生活の魅力にはかなわない。
私にとっては、やはりキャンプがメインなのだ。

なるべく軽量で、かつ少ない容量でキャンプをする。
その結果として、登山では行程が劇的に楽になり、MTBで入れるフィールドにもアクセス可能で、かつ交通費もかからない。
そんな魅力がULキャンプにはある。

と、あくまで目的がキャンプであれば、どこまでが快適なキャンプとして装備を削れるのか、食べると飲むなどを削ることが出来るのか、という視点で、このULキャンプを考える。
例えば、冬。
気温マイナス10度以下の、標高2000mの雪山で、夜、テント外でアルコールストーブや固形燃料を使って、楽しい調理や夕食が出来るわけがない。
やはりそこはテント内でガスストーブを使わざるを得ず、本格的なUL指向の火器を使って、というわけにはいかない。
もっともアイゼンやスノーシャベルの必要な冬山登山がULキャンプの範疇に入るのかというハナシもあるが、私にとっては四季を通じた楽しいキャンプであり、同じなのだ。


決して登山やMTBがメインではない。それは私が自身に肝に命じるべき要素だ。
あくまで、キャンプがメイン。

私にとって、恐らく登山は重すぎる趣味なのだと思う。私は孤独や静寂を求める嗜好があり、列をなして登山道を埋める富士山などには近寄りたくない。
そもそも、仲間と一緒に行きたいと思うことが皆無だ。
もちろん、そうした機会があれば、おそらく興味本位で参加したいと思うのだろうが、私にとってのデフォルトはあくまで単独行だ。
ということは、いきおい人気のないルートや人の来ない季節ということになり、単独でそのような登山エリアやコースに踏み込むことは、イコール遭難の確率がぐんと上がる、ということだ。
私はそこまでして、登頂したい山や制覇したいルートがあるわけではない。

MTBも同じだ。
まず、国内の自然エリアで自由にMTB走行が出来るところは非常に限られており、かつそのような場所に行くには車載での移動が必要になる。
有料の整備されたコースも同じだ。
更に、キャンプで、ということになれば、なおさら選択肢は極端に少なくなる。
MTB、キャンプ、孤独と静寂。これらの要素を満たす場所は、非常に希少だろう。
MTBも登山と同じく、難しいルートが存在する。しかも、自転車であるので、故障やトラブルと切っても切り離せない遊びでもある。
最悪は放置して後日回収に来るか、担いで降ろすか。MTBとはそういう遊びでもあるわけだ。


私も少しはそういう領域に、登山やMTBで踏み込んではいるが、あくまで本格的にその道を極めたいわけではなく、ヌルいキャンプの余禄として、あくまで自分にリカバーも出来る範囲で実行していきたいと思っている。
あくまで、孤独や静寂を求めるから、そういうエリアを指向することになっているだけだ。
キャンプだって、場合によっては命を落とすような危険があるわけで、すべからくアウトドアの遊びはゆめゆめ舐めてかかっていい遊びではない。

ウルトラライト・ハイキングとは、アメリカのなんちゃらとかいうトコロから出てきたそうで、広大な自然エリアを、数百kmやそれ以上、何十日もかけて歩き通すことを目的として、そのために、ウェア、寝具、テントあるいはタープ、エマージェンシー、それに食料もぎりぎりに切り詰めて極端な軽量化をして行われる遊びだ。
登山でもよく「軽さは正義」なんて言われるが、ザックを背負う登山やトレイル・ランニングにもこの指向は取り入れられて、ULなんとかというアウトドア指向がどんどん増えている。
もちろん、キャンプも、だ。


キャンプはとりあえず置いておいて、ウルトラライトの指向を取り入れた登山は、タープやフロアレステントを用い、アルコール燃料火器や固形燃料を用い、ザック重量は10kg以下、という装備であることが多い。
そして・・・これこそが"登山"が求める指向であると私が思う最大の要素だが、数日以上の縦走で食事は全て行動食(カロリーメイトやパワーバーのようなもの)とアルファ米に各種味噌汁やスープ類などを混ぜて雑炊状にして食べて済ませる、という、エネルギー補給のみに重点をおいて食べる楽しみを完全に放棄したものである点なのだ。

目的は、ピークと走破。登山やトレランなどがこれに当たり、この目的を達成するために、他の要素は全て従属的なものとなる。
軽量化は、ある程度のレベルから先は非常に厳しい。
快眠という要素を捨て、疲労を回復するためのぎりぎりのマットや寝具の選択をする。場合によってはレインウェアのみ着込んでエマージェンシー・シートに包まる、という寝方もある。
食事も同じだ。楽しみを増やそうと思えば途端に重量増となり、ペースや行程に影響する。
携帯する水も同じ。途中補充できる想定でぎりぎりの量を持つ。場合によっては営業小屋(山小屋)も利用する。

ミニマリストのキャンプ、というのもあるそうだ。
ご存知のとおり、行き過ぎたミニマリストというのは、必要な生活用具でも、夫や妻の大切な趣味のコレクションでも、なんでもかんでも捨てまくって「シンプルな生活」を目指す、というセンセーショナルな記事で有名になった。
キャンプにもこれの波が押し寄せているらしく、ミニマリスト的なキャンプ、というのがあるらしい。
どういうものか想像し難いが、ウイダーインゼリーでもちゅうちゅうしながらレインウェアのみでそのへんの土手に寝転がるのだろうか。そういうのがミニマリスト的ではないか、と個人的には思ってしまう。だって究極のシンプル・アウトドア・ライフじゃないですか。
・・・などと揶揄もしたくはなるが、究極的にはコレに近い思想でもあるらしい。そういう片鱗は見せていたりするのである。


私の趣味であるキャンプと相容れないのは、まさにこういった要素で、屋外で過ごす楽しみの要素を削りに削って登頂や走破を目指したりする、という点が、決定的に違っている。

私のキャンプは、食べる楽しみ、寝る楽しみ、孤独と静寂、それに、時間を無駄に過ごす楽しみ、なのだ。

私のルールは、山小屋泊を利用しない(テント泊であること)、レトルトやインスタントであっても食べる楽しみを放棄しない、疲労回復のためではなく、シュラフに潜り込むうれしさを忘れない(夏はシュラフカバーだけのこともある)、野宿であれば、人目につかない、トイレを含め全てを持ち帰る、捨てていいのは余った水のみ、痕跡を残さず。

ミニマリスト指向のキャンプではなく、ウルトラライトのトレランや登山でもなく、あくまで重量と容積が必要最小限であるキャンプであり、それはきちんと楽しめ、だらけることの出来るキャンプでありたい。


あくまでこれは私の趣向なので、こういう姿勢が肯定されるのかどうか、私自身はなはだ疑問なのだが、無理に背負うザック重量を削らなくても、十分楽しめるのであればいい、と思えるのだ。
アウトドアは、また物欲を刺激する趣味でもあるし、道具の持つ魅力を堪能する世界でもある。私も例外ではない。
軽さ=高額ギアでもあるので悩ましいところだが、車で行くことも、バイクで行くことも、自転車でも徒歩でも、手段は特に問わなくてもいいではないか、とも思う。

今は我が家の車は私の奥様がほぼ独占しているから、という理由もあるが、私自身は勝手にほっつき歩くことを黙認してもらっている身なので、慎ましく徒歩や自転車で出かけていく。
いきおい、背負う重量を軽くしたくなる→UL化、という、自然な流れだったのかもしれない。


なんだか情けないハナシに落ち着いてしまったが、結果として行動の自由さが大きく目の前に広がった。
これからもULキャンプにいそしんで、背負う荷物が軽くなった分だけ、自由な行動から思い付く自由なアイデアで、面白い動画作品を作りたい、と思うのです。




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