2022年3月25日金曜日

山梨県・乾徳山(2031m)

画像はありません。Youtube動画リンクになります。
【ツェルト泊】乾徳山・その1


2022年3月 、残雪の乾徳山へ。

装備は冬用、軽アイゼンも持って行った。


この山は結婚したばかりの時、カミさんと登ったことがある。そのすぐ後にヒマラヤトレッキングに一緒に行ったので、そのリハーサルのつもりだった。この時もテント泊だったっけ。


奇しくも当時と同じ登山靴、同じアウタージャケット(ヤッケ)で来ていた。我ながら物持ちがいい。


例によって、公共交通機関のみで移動、自宅からバス、JR中央線、山梨市営バス。どんなに急いでも登山口バス停には9時44分が最速だった。

そこから更に林道を歩き、3.2km先に登山道入り口がある。


新しいザックはグラナイトギアのクラウン2。38L。この容量であれば、私にはだいぶ余裕がある。

これまでUL志向でサブザック的なものをメインにしてきたが、長時間、数日の山行だと体の負担がキツイと感じ始めた。

これは加齢のせいもあるだろう。が、それならば体にしっかりフィットするタイプの登山ザックのほうがよかろうと思い、ヴァーガの2倍の重量のあるクラウン2にした。とはいっても、重量は1kgちょっとなので、これもULの部類といってもいいかもしれない。

担ぎ心地はさすがのフィット感。バランスの調整も申し分ない。が、担いでいる重量はこれまでプラス0.5kgは重くなっていて、ザック総重量は12kgほどになっている。冬装備だし、いつもより重い。

フィット感に目を眩ませられると思わぬところで重力に抗えず危険な動作になりかねない。また、担ぐ重量は同じどころかやや重くなっているので、体への負担も増えているはずだ。

慎重に行かねば。


登山口でウエストベルト・サイドポケットのスマホを取り出す。慣れていないのでファスナーが開け難い。反対側に小さなノート。これも取り出しにくい。

単に慣れの問題なので、何度かやっているうちにスムーズに出し入れ出来るようになるだろう。


スマホのYAMAPを確認し、ノートに時間を記録してスタート。

周囲の日陰に僅かに雪が残っている程度。

そこそこ急な斜面を淡々と上っていく。

ここから国師ヶ原まではひたすら単調な林間で、特に危険個所も無い。ひたすら我慢の2時間だ。

とはいっても、もう半年も登山に来ていなかったので、本人はウキウキである。

左足親指の爪が剥がれてしまったのと、仕事で2連休が全く取れなかったのが相まって、じっとAmazon Primeの映画を見まくる日々だった。いや、今でも見まくっているが。週に3~4本は通勤時間に見ているので、相当な本数になっているだろう。


登り始めてじきに最初の水場「銀昌水」が出てくる。が、パイプからは全く水が出ていない。ポタリとも来ていない。

その足元の地面には、僅かに水音がして流れがあった。

これはヤバいかもしれない。

頼りにしているキャンプ地近くの水場「錦昌水」が枯れていたらピンチである。

まあ行ってみるしかない。最悪の場合は引き返すことも念頭に置いて、再び登っていく。


久々の山。上がる心拍数、ゆっくりした足取り、文明の音がしない周囲、風に揺れる木々のざわめきと鳥の声。

これを待っていたのだ。


半分放心状態で登り続け、ふと景色が開けてきたところで、前方から明らかな水音がしてきた。

頼りの水場「錦昌水」だ。

さて、水量は・・・と思ったら、これまたパイプからは全く水が出ていない。時折、ポタリポタリと滴ってはいるが、とても汲める状態ではない。数時間かけて1Lとか、そんな状態だ。

が、幸いにも足元にはそれなりの流れが出来ている。これを汲めれば、目的の3Lは確保できるだろう。

なんとか30分ほどかけて3Lの水を確保できた。


少し前から周囲にはなかりの残雪が目立ち始めていたので、水場がダメならば燃料と引き換えに飲料水を得ることも考えていたが、とりあえずはよかった。


しかし考えてみると、私は山の水場で汲んだ水を、いつもそのまま飲んでいる。

調理やコーヒーに使う場合は沸騰させたりしているが、行動中に飲む「水」は、そのまま空きペットボトルに入れて飲んでいる。

山の水場は、場合によっては動物の死骸などで汚染されている場合もある。川や渓流の水も同じだ。

これは運がいいだけで、決して褒められた事ではない。本来は浄水の上で使うべきだろう。

(たぶん私は面倒臭がってやらないだろう・・)


錦昌水で3Lの水を確保し、国師ヶ原の高原ヒュッテへ向かう。

と、斜面が落ち着いて平原に近くなったと思ったら、一面の雪原になっていた。

幸い、踏み固められたトレースはある。足元に気を付けながら、そのまま進んでいく。


しばらく歩き、分岐で左折、また少し歩くとすぐに高原ヒュッテが見えてきた。

ヒュッテなんてオシャレに言うが、ドイツ語で山小屋なわけで、しかもここは冬季は閉鎖。トイレも閉鎖。

トイレはもしかして開いてないかと思い建物の周りをぐるぐるしてみたが、やはり閉鎖で使えない状態だった。

使えないだろうと思い、携帯トイレを持ってきてある。私には使い慣れたアイテムだ。


さて、ツェルトをどこに張るか。

雪上は避けたい。あちこち雪の無い枯葉の地面が出ているのでそれは問題なさそうだが、微妙に傾斜している。

ここらでよかろうと思ったスペースは見た目より地面が湿っていたが、まあ贅沢はいえない。


ツェルトも今回は新しくした。アライテントの「撥水ツェルト」という種類。

売り切れなのか、それとも生産中止なのか、アライテントのホームページからは外されている。

このツェルトは防水加工がされていない。モンベルのULツェルトと同じだ。

防水加工がされていないが、雨でただちに好き放題雨漏りがするわけではない。モンベルULツェルトも、それなりに張った状態であれば雨は沁みてはこなかった。

この撥水ツェルトは2~3人用。奥行きは200cmで1人用と変わらないが、幅は130cmで大きく余裕があり、そして何といっても高さが110cmあるため、フレームのドームシェルターより広々している。

更に、左右から紐で引っ張ってサイドウォールを広げるサイドリフトのループも装備しているが、インナーフレームにも対応しているので、これを使うともう普通のテント並みの室内が確保できてしまう。

実はインナーフレームはモンベルの「ライトツェルト」で導入してみたが、半楕円に突っ張ることによって天井が下がり、首を曲げないといられないほど窮屈になってしまったので、ずっと疑問視していた。

今回は高さ110cmなのでまあマシだろうと思い買ってみて試し張りしてみて驚いた。

こりゃ凄い贅沢品だ。

もちろんその分重量も増す。ツェルト本体が439g。実はこれ、モンベルのライトツェルト(390g)と50gの差しかない。が、ULツェルトは222gなので倍になっている。

インナーポールは127g。これは純粋に重量増。やっぱり贅沢品だが、これだけの快適空間を提供してくれる棒が127gなら、迷うことはない。


ツェルトを立てて、中に潜り込んで、ほっと一息といきたいところだが、お昼はシェラカップでご飯を炊く。もうずいぶん遅くなった。のんびりはしていられない。

0.8合の米をあけ、水を入れ、ツェルトの脇に置いておく。

30分吸水。

そして火に掛け、炊く。

火から下して、また30分吸水。

・・・この手間があるので、実はあまり時間配分に余裕の無い食事タイミングには向いていない。

今回は久々過ぎて忘れていた。

バス停に10時、登山口まで30分、そこからテント場まで休憩無しで2時間。更に一休みや今回のような水汲みの想定外時間(30分)が加われば、確実に食事時間は遅くなり、その後の行動計画にも影響する。

実際にこの時は昼食が15時くらいになってしまい、夕食を想定していた18時までは3時間しかなく、しっかり食事を取らねば翌日の登頂にも影響する。

反省反省。


30分の蒸らし時間が過ぎ、更にお湯を沸かしてフリーズドライのカレーを新しく導入したミニカップで作る。

このミニカップはEVERNEWのチタン製で、ハンドルの無いタイプも出ている。実はこのハンドルの無いタイプを初めて見た時、「おお、シンプルでいい」と思って飛びついて買ってしまったが、よくよく考えて見るとカレーを戻したりする際は熱湯が注がれているわけで、指で持てる訳が無い。

よく考えもしないであれこれ衝動買いをしてしまうのは私の悪いクセである。


EVERNEWのハンドルの無い220mlミニカップは、なんでも沢ヤ(沢登りをする登山者)の人々が「沢で冷酒を飲むのに取っ手なんか無粋だ」とのことで、このハンドルの無いタイプを所望したらしい。

・・・よく分からない価値観ではある。


さて、ミニカップにカレーも出来た。500mlのEPIマグカップにクノールのインスタントコーンスープも出来た。

いただきます。

スキットルのジャックダニエルを一口。このバーボン、もう3~4か月(それ以上?)もこのステンレスのスキットルに入れっ放しである。

・・・別にヘンな臭いや味はしなかった。(その後もお腹を壊したりはしなかった)


シェラカップのご飯を少し寄せてスペースを作る。

この「ご飯を寄せる」という作業、チタンのスプーンだとくっ付きまくって団子になる。ならばと尾西白飯に付属している小さなスプーンでやってみたが、思ったよりくっ付く。

そこで導入したのが今回のユニフレーム「ちびしゃもじ」

さすがに全然くっ付かない。見事な品質というしかない。

・・・かくして贅沢品と重量は増えていく。


閑話休題

シェラカップのご飯を少し寄せ、そのスペースにカレーを注ぐ。すると、ここにシェラカップに収まった、左右に盛り分けられた見事なカレーライスが出来上がる。

美しい。

いや、まあ食べてしまうわけだが、この、上からぶっかけるでもなく、別々な器で食べるでもなく、「左右に盛られた普通のカレー」がやりたかったのだ。

福神漬けがあれば完璧だったなあ。


その他、ミニカップの使い方は色々あるが、シェラカップと500mlのクッカーのみだと「器がひとつ足りない」という場面が多々あることに気が付いた。缶詰の空き缶などで代用することも考えたが、汎用的なカップがどうしてもひとつ欲しくてこの220mlカップを足したのだ。


鹿が鳴いている。大きな声。近くにいると思うが、姿はとうとう見えなかった。

カレーを食べ、良い具合に酔っぱらってきて、シュラフに包まって寝てしまった。

ツェルトの縁を鹿がドスドス歩いている。ずいぶん無遠慮な鹿だ。

スマホで目覚ましをセットして眠った。


起きたら夕方だったが、まだ明るい。

夕食はパンにするつもりだったが、もう1食はやはり炊飯。朝に炊飯するとなると相当な時間を取られるので、メニューを変更してもう1度ご飯にした。


同じようにお米を吸水し、ご飯を炊く。

そして缶詰とみそ汁。いつも通りの貧相な山メシだ。

が、ここでも失敗がひとつ。フンパツして買ったぶり大根の缶詰、大き過ぎて500mlのマグに入らない。ということは湯煎が出来ない。

仕方なく、お湯を沸かすマグの上に乗せて温める。


お湯が沸いた。

ここでも再び220mlミニカップの出番。今回はフリーズドライのとろろ。

ところが、粉末のとろろをミニカップにあけ、「寒いから」と思ってお湯を注いだらダマになってしまって溶けてくれない。家で試した時は水で見事なとろろになったが、お湯だとダメらしい。

今回、いくつめの失敗だろうか。

しばらく箸でぐるぐるかき混ぜていたが、諦めてそのまま飲んでみた。まあ、とろろの味はする。今回は飲み物のとろろである。


缶詰を開け、生ヌルいぶり大根をシェラカップご飯に乗せる。これが非常に美味しかった。

惜しいなあ。ちゃんと温まったら素晴らしく美味しかっただろう。

みそ汁を飲み、とろろも飲み、ぶり大根の缶詰にたっぷりと入っているしょっぱい汁もエネルギー源として残らずいただき、更にスキットルのバーボンもいただき、満足して寝る。

またしても鹿が周辺をドスドス歩いているが、そのままぐっすり寝た。


翌朝、5時起床。


シュラフからもぞもぞと這い出す。

周囲は残雪の雪原で寒いが、ダウンパンツ、ダウンジャケット、おまけにダウンのテントシューズでへっちゃらだ。

プラティパスの水が凍りかけてシャリシャリしている。氷点下だったのだろう。


お湯を沸かしてコーヒー。

結露は?と思ってツェルトの内側をあちこち撫でまわしてみた。もちろんうっすらと結露はしている。が、つーと垂れているところが無い。床の辺縁にも水滴は溜っていない。上々の通気性だ。


コーヒーを飲み、もう一度お湯を沸かして、フリーズドライのシチューをシェラカップで戻す。

やはり私はシェラカップが大好きで、しかもこのオリジナルのシエラクラブ・シエラカップを長年使っている。

下半分(逆だったかな?)には磁石がくっつく。上にはくっつかない。底面にSIERRA CLUBの刻印。


スーパーで買った3枚入りのライ麦パンにスライスチーズを乗せて食べる。チーズは5枚入りが欲しかったが、スーパーに7枚入りしか売っていなかったので、7枚全て食べた。

口の中の水分をのライ麦パンに根こそぎ持っていかれるが、シチューがあるので問題無し。

美味しかった。


さて、撤収の前に携帯トイレを製造しに行く。

防臭袋にがっちり封印してしまえば、ただの燃えるゴミだ。


撤収も荷物が少ないので簡単。

ツェルトも防水生地ではなく通気性バツグンなので畳むのもラクラクである。


ここからは軽アイゼンを装着する。

この先は残雪が多いだろう。

軽とはいえアイゼンは体力にも足にも負担が大きい。慎重なペース配分が必要だ。

YAMAPを再スタートさせて出発。


昨日左折した分岐に2人組の登山者。挨拶をして通り過ぎた。そうか、今日は土曜日だっけ。それにしても随分早く登って来たんだな。登山口に5時くらいだろうか。車ならではの行動力だろう。こういう時間に融通の効くところは車はうらやましい。


私はテント泊の装備でゆっくり登っていく。

国師ヶ原の月見岩が見えてきたあたりで、アイゼンを外した。雪が無く、岩でアイゼンの刃を削るばかりである。


月見岩で後ろを振り返ると、やや霞んだ晴れ間の景色が見渡せた。いい天気だ。

晴れ渡った空を見上げながら斜面を登っていく。また徐々に雪が増えてきた。


国師ヶ原を過ぎ、林間に入ると残雪の雪面になった。

ここでまたアイゼンを装着。


林間の斜面を登っていく。岩交じりで、所々はなかり斜度もある。

幸い、林間なので日差しが暑いことはない。


と、最初の鎖場が現れた。

雪が斜面に積もっているせいか、そんなに斜度は感じない。

が、鎖の端に立ち見上げてみると、思ったより急だった。

しかも、もちろん凍っている。自転車用グローブで鎖を持つ。奥穂高ではあまり感じなかったが、今回は何故か「グローブのグリップが甘い」と感じた。都合のいいグリップ感を求めすぎているのかもしれない。

凍った斜面に水平になるように意識して、アイゼンの刃を立てる。軽アイゼンなので、つま先とかかとには刃が無い。うっかりつま先でグリップしようとすると、つるっと滑る。

要注意だ。


私は元々ワンゲルにいたことも無いし、山岳会に所属したこともないし、本格的な雪山に行ったこともない。

なので、雪庇に気を付けなくてはならないような雪山登山は私には無理だ。

そのため、私は自分に課するルールとして「軽アイゼンで行けないような本格的な雪山には行かない」と決めてある。

それは、おそらく私にはスキルを超えたリスクを伴う登山になってしまうだろう。

私のレベルはおそらくそこまでなのだ。

・・・これが若かったらもっとじゃんじゃん挑戦していたかもしれないが、生憎若いころの私はオフローダーだったのだ。(4WDトライアル)


さて、雪の林間斜面を登っていく。

また鎖場が出てくる。先ほどよりキツイ。

なんとか登り終えると南側の斜面が開けた。おお、いい景色だ。素晴らしい。

と、前方に奇妙な岩の隙間がある。

縦に細長い。

なんだこりゃ?


近づいてみたら、「髭剃岩」と小さな手書きのプレートがあった。

髭剃り?

入れそうだったので、ザックを下して入ってみた。

なんとか人一人が通れる程度の隙間、しかも奥に行くほど狭くて、なるほど髭を剃られるな、と思った。

抜けた先は断崖絶壁。奇妙な隙間から見える景色を堪能して戻った。


髭剃り岩を出発して林間の山道に戻ると、すぐに前方に規制ロープが張ってあった。

あれ?と思ってきょろきょろすると、目の前に聳える崖の斜面に矢印が書いてある。

あ、こっちを登るのね。

斜面に雪があるかも、と思い、アイゼンを付けたまま、岩をがりがりと登っていく。足場はごく細く、斜面に張り付くように登る。

かなりな高度感だ。

右へ折り返すあたりで再び南側斜面が開け、富士山が見えた。

素晴らしい景色だなあ。

更に頼りない足場を確認しながらよじ登る。

なんとか登り切ったと思ったら、先ほどの髭剃岩のミニチュアのような細い岩の間を抜け、今度は垂直にハシゴを下りる。

アイゼンを履いているので、慎重に・・・

下りきったら、また雪面だった。


再び林間の山道へ。徐々に雪が深くなってきている。

斜度も大きくなってきていて、岩と雪交じりの登山道だ。


頂上が近づくにつれ、道が険しくなってくる。雪も深い場所が多い。


案外雪深い林間を通り、いくつかのロープや鎖場を抜ける。

思ったより険しい岩場が多い。こんなんだっけ?すっかり忘れている。


とはいえ、高原ヒュッテから2時間ほどで頂上への岩壁にたどり着く。

それはまさに壁で、20mのほぼ垂直のクライミングだ。とはいえ、あくまで鎖場なので、ハーネスやロープはいらない。

とはいえ、かなり高いのも確かなので、ヤバいと思ったら右の巻き道で頂上へ登れる。


と、ここでダメな失敗をやらかす。

どうせ頂上も雪だろうと、軽アイゼンを装着したまま鎖を掴んだ。

もちろん、「あ、ヤバい」と思って数mで諦めて一度下りる。アイゼンの爪が邪魔をして岩壁の壁面に対し足底のグリップがまるで効かない。

下りる時、ちょっとグリップを失って少し滑り落ちて左ひじを擦りむいた。

アイゼンを外す。

そして再び鎖を掴む。あ、グローブ忘れた。

グローブをしてもう一度鎖を掴む。


登り始めてみると、縦にほぼ90度のV字になっているので案外楽だろうと思いきや、垂直方向に体を支える窪みなどが少なく、意外に登り難い。

クライミングシューズならまだしも、普通の登山靴だと壁面に張り付くようなグリップは無理だし、つま先を置くにしてもそれなりの大きさの窪みや角が無いと体を支えられない。

ややアクロバティックな動作を交えて、登っていく。10kgを超えるザックを背負っているので、体重移動には気を使う。

クラックがあるのでそんなに難しくはないが、高さはあるので慎重を要する。


登り切ると、山頂に私を抜いていった2人と登山者がいた。

360度展望、いい景色だ。

簡単に挨拶をして、標識と祠があるほうへ移動した。


久しぶりの乾徳山登頂だが、久しぶり過ぎて覚えていない。

28年ぶり、か。無理もない。

それほど寒くはないが、やはりじっとしていると体温を奪われる。

黄色いアウターを着た。


遠くに富士山が見える。あの時も、見えていたのだろうか。

そして、前回はその翌年、妻と二人でヒマラヤトレッキングツアーに参加し、ゴーキョピーク(5,360m)に登った。

まだ登山を始めたばかりで、ずいぶん思い切りのいい事をしたものだ、と思う。


実はこの時、ヒマラヤに行った登山靴と黄色いアウターを着ている事は、全然意識していなかった。

帰ってきてから気が付いたのだった。


行動食を食べエネルギーを補給し、アイゼンをまた履いて下山を開始する。

この頂上直下の下りがまたかなり危ない。雪だとなおさらだ。

慎重にクサリを利用して下っていく。かなり何個所もそんな危険個所が続く。


ようやく林間になってきてほっとするが、この林間もかなりの急斜度だ。

アイゼンも履いているから、膝を傷めないよう、腿とふくらはぎの筋肉を使って下りていく。


しかも、結構長い、しつこい下りだ。

斜度が急で、雪面になっているので、油断出来ない。

が、下る先をよく見渡せるので、なかなか気分の良い下りでもある。


登山パンツの裾が邪魔で気になった。登りでは特段気にしなかったが、下りでは引っ掛かりそうになっていた。

このパンツはMTB用で、マジックテープで裾を絞れるようになっている。便利だ。

おまけになかり伸縮性がある。

また、簡易的なベルトが一体型なので、別途ナイロンベルトを用意する必要が無く、かつナイロンベルトが汗で臭ーーくなることも防げる。なかなか良い。

元々はそのベルトが臭くなることがどうしても気になっていたので、このパンツを選択してみたのだが、思いのほか具合がいいようだ。

ただし、かなり生地が薄い。

これは、この季節だと少々寒いし、岩などに摺り付ける機会が多い登山だとちょっと心配でもある。


かなりな時間を要して、ようやく高原ヒュッテまで下りてきた。

ちらほらと登山者のグループが先に見える。これから登るところだろうか。


高原ヒュッテを通り越して少し下ると、錦昌水。

すると、水が滔々と流れ出ていた。

アイゼンを外し、洗わせていただく。これは有難い。泥だらけのままケースに入れて持ち帰らなくてもよくなった。


再び補給食。

ここからは土道の下りだ。

日差しが照り付けているが、やはり林間の下りなので、鼻歌交じりで木漏れ日の中を下っていく。

が、そこそこ斜度はある。来た道を辿って下りるので、勝手は分かっているが、テント泊の重いザックを背負っているのでスピードは出せない。

ゆっくり下る。


そして、再び登山口へ帰ってきた。

いつも、この登山口に辿り着いた時、ほっとするのと同時に、よく無事に戻れたと感謝の気持ちが沸き、そして束の間の非日常が終わってしまった寂しさが、混じり合ってどっとやってくる。

その瞬間に、また行きたい、という気持ちがやってくる。


舗装路をバス停に向かって歩く。ここから30分ほどあるので、そこそこの距離がある。

逆算してみると、どうしてもバス時刻表のハザマに入り込んでしまって、2時間ほど待たされることになりそうだ。

まあいいさ。そういう無駄で退屈な時間も、非日常の特典みたいなものだ。


バス停に辿り着いた。やはり2時間ほど待たされることになる。

トイレに行ったり、ザックの中を整理したり、スマホを充電したり。

まだまだまだ時間は余る。スマホに入れてある映画でも見る。


私は「山時間」と勝手に呼んでいるが、30分や1時間の「空き」時間が苦にならない。

普段は通勤の帰りで、東京駅で中央線を5分待つ事も苦痛に感じる。中央線は通勤時間帯に2分とか3分の間隔でダイヤが組まれているが、考えてみると非常識なほどの過密ダイヤである。

それが、重いザックを背負って「山時間」の中にいると、1時間ほどバスを待たされることも、さほど苦に感じなくなってしまう。勝手なものだ。

実際、登山の行き帰りで電車に乗り降りする時、15分前だと"直前"だと感じて焦ったりする。それほどまでに時間感覚が狂う。

それもこれも、登山の非日常の特権であって、たまにはそういう中に身を置いて心の洗濯をするのもいいのだろう。


さて、私の非日常、今回はこのへんで終わりだ。

帰りのバスは駅まで30分ほどあるが、イヤホンもせずぼーーっと窓の外の景色を見ているうちに、山梨市駅に着く。

帰るまでが遠足だ。電車に乗り、バスに乗り、家に着いて玄関を開けるまで、怪我無く辿り着こう。


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