AM 7:39。
さて、ここで道は二手に分かれる。右回り(時計回り)か、左回りか。
選んだのは単純な理由で、帰り道は近いほう(距離が短い)がいい。ただし、距離が短い、ということは、それだけ斜度が急だ、ということでもあり、膝への負担がきつい。
それでも、距離が短いのは心理的に楽だ。
ただし、こちらは危険個所がいくつかある。
あまりのんびり留まらず、右の道を行く。どのみち凄い人数で、のんびりする余裕は無い。
歩き出しながら、行動食のミックスナッツを食べる。
樹林帯ではあるが、北側は開けた斜面になっていて、気持ちがいい。
おまけに水が豊富で頻繁に沢が出てくる。どれも滝を作っている。
不安になるくらい、高度を稼がない登山道。
もっとも、五合目の大滝の頭が標高2,519mだから、残りは500mくらいだ。
時々、斜面側にへばりついて通らなくてはならない箇所も出てくるが、いかんせん全く登っていかないほどの穏やかな道。樹林の木陰で涼しく、沢が何箇所も出てきてマイナスイオンも浴び放題。高山の花に心を奪われ、北に大きく開けた風景の向こうに南アルプスの
・・・・・南・・・・うーーん、何て山だ?
分からないので、スマホの「山座同定NAVI」を立ち上げてみる。
ところが、「試用期間終了」で使えない。なんてことだ・・・
ま、まあいいや。帰ってから調べよう。
沢の斜面にミニ雪渓があった。確かに北側とはいえ、今日は7月27日。うーん、すごいな。
ちょっと触ってみた。硬い、そして冷たい。
開けた沢に分岐の道標が出てきた。が、メインルートの仙丈ケ岳方面以外に指し示す方向には「ヤブ」と書いてある。いやいやいや、フツー行かないでしょう。
落し物が岩の上に置いてあった。雨や風は大丈夫だろうか。
空き缶が道標の根元に落ちていた。ウ○ンの力。中にタバコが突っ込んであるっぽい。
うーん、これはイヤだが、残していくと自分がイヤな気持ちになる。しょうがない、拾っていこう。
AM 8:33。
ザックを背負い直して再び登りへ。ここからはちょっと斜度が急になるようだ。
ハイドレーションで水分補給。そういえば前回の反省を踏まえて、2Lのパックに規定量のポカリスエットを入れた。やはり凄く濃くて飲み難い、と感じたが、よく考えてみると、このハイドレーションパックはホースがパックの底に装着されていて、使いやすくはあるが、粉末のスポドリなどを使うと撹拌し切れない粉が底に溜まり、それをハイドレーションで吸うことになるので、そりゃ濃~くなるわけだ。
あまりに濃いので、なんだこれは、と思ったが、よく考えてみれば当然なのであった。
登り始めてものの10分程度で馬の背ヒュッテを通過。ちょっと座ったりしたかったが、なんとなく気おくれして通過するのみであった。
AM 8:44、どんどん急坂を登る。
少しづつ樹木の背が低くなってくる。それに従い、空が近く感じるようになってきた。
途中、木陰でちょっと座って休憩。ハイドレーションを十分に飲んだら、急に目の前が暗くなり、貧血の症状に見舞われた。おお?なんだなんだなんだ??
朝はちゃんと食べてきたし、水分も十分取り続けている。
が、よく考えてみれば、普段運動もろくにしないサラリーマンが、連続4時間以上も夏日に行動し続ければ、当然なのかもしれない。
案外危ない行動かもしれんと思い、自重して休憩はしっかり取らなくては、と思い直す。
木陰と通り過ぎる風があまりにも気持ちよく、しばらく休みたいと思ったが、まだ先は長い。出発しよう。
樹林がどんどん低くなる。間もなく稜線に出るな、と思ったら、ホントにどーーん、と視界が開け、遮るもの無く仙丈ケ岳が姿を現した。それだけではない。視線を左に振り返ると、甲斐駒ケ岳まで、360度に近い展望になっている。
凄い。これは凄い。
そのまま少し進むと、もうそこは稜線上にいて、樹木は腰あたりの高さしかなく、視界を遮るものは無い。
目の前にはカール状地形でとんでもなく解放されていて、まさに圧巻のスケールで大パノラマが広がっていた。
これは凄い。こんな壮大な展開は経験したことがなかった。
一度やや下って、それから仙丈ケ岳に向かって登っていく。
既に何も遮るもののない空間に身を置いている。
アタマが空っぽになるような解放感に浸りつつ登山道を登っていく。
ゆっくり、ゆっくり。急ぐ理由が無い。
・・・ん、目が何か動くモノを捉えた。んん??
それは雷鳥(ライチョウ)だった。私のすぐ目の前、登山道の真ん中を歩いていた。
思わずザックのショルダーベルトに着けていたGoproのクリップを外し、画角をSuperViewから広角中間に切り替え、構えた。ゆっくり、急な動きをしないよう、ライチョウが反応しないよう、慎重に慎重に。
少し離れているが、これ以上近づくと反応されてしまうかもしれない。つまり、逃げちゃうかもしれない。
極力こちらを意識させないようGoproを向けていると、ライチョウは砂浴びを始めた。
登山道の真ん中で。
幸い、この賑わう仙丈ケ岳の登山道に、何故か私しかいない。
じっと、動かず、カメラに捉え続けていた。
と、ふと、目の端に、違う動くものの姿を感じた。
ん?と思ったら、チビ雷鳥だった。親鳥の左右離れたところから近づいてきている。
ビビってあまり近づかなかったのが奏功したか、親子の集合を撮ることが出来た。
2羽、いや3羽?もっといるか?正確な数は分からなかった。
チビたちが親鳥と合流し、親子は登山道を逸れて茂みのほうへのんびり歩いていった。
その間、約10分ほどだったろうか。
この10分間、誰も、登りも下りも、登山者が来なかった。なんという僥倖だったのだろう。
ライチョウの親子たちは自由気ままに仙丈ケ岳の斜面の茂みを歩き回り、しばらく見えていた。
目の前には大きな山小屋が見えている。標高2,890mにある仙丈小屋だ。見えてはいるが、斜面が急で、ゆっくりしか近づいていけない。
それでも非常に広大な仙丈藪沢カールに包まれて登って行くせいか、それほど辛い感じはしない。かえって危ないか?(笑)
小屋の少し手前に、水の出ている細い塩ビ管があった。おお、これは貴重な湧水だ。が、私はまだ1L以上、おそらく1.5L近くハイドレーションを持ち、かつ予備のプラティパスも1L持っている。補充の必要が無い。
結構飲んでいるつもりなのだが、それほど減っていない感じだ。まあ、無理して飲むこともないだろう。
AM 9:52。
ようやく仙丈小屋に到着。閑散としたベンチにザックを下ろす。
目の前には広い仙丈藪沢カール。何度見ても圧倒的な解放感だ。
こんなに幸せでいいのだろうか、と、何度も思い返す。
トイレを借りようとスタッフのお兄さんに声を掛けた。
すると・・・・・
「明日、台風12号の影響で南アルプス林道バスは全便運休が決まったらしいですよ」
え・・・・えええええええ!!!!!!!!!
帰れない!帰れないじゃん!!
私は下山して、もう一泊長衛小屋でテント泊の予定だった。
しかしそれでは帰れない。
これはもう、今日のバス便で何とかして帰ってしまうしかない、ということになったのだった。
なんと、まあ。
・・・しかし、確かに台風○○号接近は分かってはいた。私は影響が出始める前に2泊して帰れる、と予想していたが、甘かったようだ。私の予想と気象庁の予想は見事に外れ、一日早いお出ましとなったわけだ。
とはいえ、どんなに急いでも、今はまさに頂上直前。これから慌てて引き返しても、バス便は夕方のため、結果は変わらない。
慌てて下山しても何もいいことはなく、慌てるだけかえって悪い事を起こす可能性すらある。
ここは慌てず、予定通りに行動し、予定通りに登頂して、予定通りのルートで下山するのが一番いい。
100円でトイレをお借りし、少し休憩して行動食を補給し、頂上を目指した。
十数人のグループがいくつも下山してきて、すれ違いに時間を要するようになってきた。
反対側から登ると、ちょうどそれくらいの時間なのだろうか。
先行者もちらほらと見えている。
徐々に賑やかな山になってきているようだ。
AM 10:30、仙丈ケ岳頂上に立った。
ところがこれが、狭い山頂に十数名が滞留しているものだから、のんびり山頂を味わう余裕が全く無い。
甲斐駒ケ岳のある程度面積に余裕のある頂上の賑わいどころでなく、場所を移動するにも他人のザックを足に引っかけてしまいそうな有様だった。
辟易して、山頂標識、三角点、1~2枚の風景写真を撮って早々に反対側に下山開始となった。
やれやれ・・・・
山頂ではのんびり出来なかったものの、雄大な仙丈藪沢カール、反対側の小仙丈カールを眺めながら、降りて行く。
ところで、今回の登山では、一部体調不良を抱えての実行となっている。
この歳になると、何かしら、どこかしら不調は抱えているものだが、今回は右足の付け根
の痛みをかなり感じつつこの登山に臨んだ。
あからさまに何かの動作で痛めた故障ではなく、なんとなく、しかしはっきりと痛みを感じる。歩行に支障を感じるほどではないが、「いつでも引き返す」ということを念頭においていた。
それは、私の予想通り、別の箇所の不調となって現れてきた。
つまり、右足を庇い、左足に負担がかかって左膝が痛み始めたのだ。
やっぱり。
膝の痛みは何度も経験している。それは、登りの終わりくらいに訪れ始め、下山時に大きな支障となって現れる。
いつもはトレッキングポールを使用することによって症状が出ていたが、これはポール(ダブルポール)を使うことが原因でいつもと違う姿勢での歩行となり、それが膝への過大な負担となっているのではないか、とスポーツインストラクターの資格を持つ元野球部の営業君に教わった知識だった。
ともあれ、左膝が痛い。こりゃこの下山は地獄だな。やがて下りで曲げられないほどになるだろう。
膝の痛みは長くても一週間ほどで治るが、下山時は曲げられないほど痛むものだ。
おまけに、台風接近もあり、気が急いてペースを速める傾向になるだろうし、ダブルパンチである。
ともあれ、ここから無事に帰るしかない。他に選択肢は無いのだ。
意識してペースを落として下って行く。とはいえ、あまり遅すぎても膝痛で苦しむ時間を延ばすだけになるので、可能な限りそれなりのペースで下っていく。
実は、私は何度も下山時の膝痛で苦しんできたため、少しでもこの苦しみを軽減しようと、普段から「膝痛体操」なる簡単な筋トレを続けている。
高齢者の膝痛を軽減するためのものだが、ばっちり下山時に効く。
ホントに簡単で、椅子に座り、片足づつ地面に水平に爪先を挙げて10秒間を10セット(ガイドでは5秒間を5セット)行うだけだ。朝、オフィスの自席で出来てしまう。
しかし今回は。右足付け根の痛みを庇い続けたのか、左膝に痛みが来た。
こうなればしょうがない。左膝を庇いつつ下山するだけだ。
カールを取り囲んだ仙丈ケ岳の頂上辺縁を回って行く。頂上標識のある頂点は狭いが、頂上を成す形状はビンの口のように円を描いている。
ふと、GoproのmicroSDカードがいっぱいになった警告音が鳴った。
あれ?64GBがそんなに早くいっぱいになるかな・・・
帰って見てみたら、前回の甲斐駒ケ岳の動画を削除せずに使っていた。
そんなこととは気づかずに
ちょっと腰を下ろしてGoproのSDカードを交換する。えらく小さいので屋外で交換するのは気を使う。
そういえば、まだおにぎりを食べてない。昼には早すぎるし、どうも時間計画が上手くいかない。
SDカードを交換し終え、再び膝を庇って歩き出す。
と、ふと右のハイマツの茂みを見ると、またライチョウがいる!しかも、またチビ付きだ。
反応させないように、そーっとGoproを向ける。
反対方向から2名のおねいさんが来てライチョウに気付き、同じようにカメラを向けた。
しきりに「カワイーイ」を連発。
ひとしきり撮影させてもらって、下山再開。
膝を労わらなければならないとは思っていても、台風接近が意識を刺激してペースが上がる。必然的にそれだけ膝にくる。
前方に先行者組がいるが、今度はどんどんパッシングさせてもらう。
パッシングといえば、熊鈴だろう。あれは熊除けが本来の目的と機能だろうが、普段は私は「パッシング・ベル」としての機能がメインではないか、と思っている。前方からも後方からも接近を知らせる便利な鈴だ。
しかし、私は付けてはいない。苦手なのだ。
せっかく静寂を楽しみに来ているので、ずーーっと鳴り続ける鈴やラジオを携行するのは私には耐えられない。残念だが諦めている。
景色は相変わらず雄大な仙丈藪沢カールだが、登山道はかなり急峻な岩の道になりつつある。段差も大きくなってきた。
日陰が出来るほど樹木の背はまだ高くなっていない。日に照らされた、険しい登山道を下りて行く。
膝は痛くても、そこそこのペースで歩を進めることが出来る。
慣れもあるのだろうか。
もちろん、痛くて膝は曲げられないが、足を下ろす動作を見極められれば結構なスピードで下りていけるものだ。
樹林がやや高くなってしばらく、PM 12:01、五合目の大滝の頭に戻ってきた。
相変わらず人が多い。もちろん、それに紛れて休憩する気にはなれない。
そのまま歩を緩めず、下山を続ける。
フラットな下り道より、むしろ岩の段差があるほうが膝への負担が少ない。
気が急くのにまかせてどんどん下った。
四合目。
三合目。
そして二合目。
・・・もう、左膝を庇いきれなくなってきている。右足の脛、ふくらはぎ、それに腿の筋肉が疲弊している。右足の踏ん張りが怪しくなってきている。
しかし、こんなところで転倒したら、どうなってしまうか分かったもんじゃない。
震えだしている自分の右足と会話しながら、下り続けた。
PM 1:27、北沢峠よりちょっと下った、往きに起点とした林道まで辿り着いた。
下山完了である。
あとはゆっくり長衛小屋まで帰り、荷物をまとめるだけだ。
バスの時間はチェックしていた。
最終は16:00、その1本前は13:30だった。
実は、仙丈小屋で運休情報を聞いたとき、ぎりぎり13:30に間に合うかもしれない、と思った。
膝が無事なら間に合っただろう。
しかし実際はこの有様で、それでも間に合うかも、と一縷の望みをかけて下山を急いだのだが、無理だった。
その代償は左膝の故障と右足の強烈な筋肉痛だ。
もっとも、下山の膝通は翌日には直っていた。しつこい時は一週間くらいかかるが、それでも比較的早い時間で治るのはこれまでの経験で分かっていたので、慎重に転倒しないように下山さえ出来れば、と、あまり心配はしていなかった。
長衛小屋のキャンプ地、我がテントに帰ってきた。
まず、管理棟に行き、2泊の予定をキャンセルして1泊に変更してもらった。
自分的にはテント泊料金の払い戻しは無くても構わなかったが、まあそうもいかないらしく、おとなしく500円を受け取る。
黙ってテントを畳んで去る事も出来てしまうが、遭難や事件を疑われかねない恐れもあるので、ちゃんと山小屋のスタッフには話さなくてはならない。
時間はだいぶ余っている。
テントはとっとと畳み、荷造りは先に済ませた。
お昼はちょっと過ぎてしまったが、おにぎりを食べよう。
期待を込めて、アルミホイルを開け、おにぎりをほおばる。
・・・・・クソまずいぞ、これ。
なんだよう、ちっともおいしくない。全然ダメだ。
まず、食感が最悪だ。炊いたお米のぷっくり感が皆無で、アルファ米のざらざらとした舌触りしか感じない。
お米の味らしい味も全く感じない。
なんということだ。
直接の原因は、行動計画の時間割をちゃんと計算して組み立てなかったせいだ。
山頂でお昼となれば多少難はあっても食べたかもしれない。
しかしお昼というには時間がずれていたし、それに頂上はあの有様で、とてもモノを食う気にはなれなかった。
下山途中もタイミングを見計らいつつ下りてきたが、如何せん遮るものの無い炎天下が続き、腰を下ろすのもためらって下りてきた。
樹林帯に入る頃にはバスの時間がぎりぎり間に合うかいや無理かで気になって、のんびりお昼を広げる気にはなれなかった。
色々と不幸なタイミングが重なり、今回も敗退となった。
帰ってきて食べてはみたものの、こんな出来だ。
この作戦は要検討事項として棚上げだな。
PM 2:30。
まだ早いが、帰りのバスは間違いなく大混雑なので、北沢峠に向かう。
券売所は開いていて、バスのチケットを買った。
なんでも、臨時増発があるそうで、15時半くらいには臨時便が来るだろうとのこと。
ちょうどラッキーだった。
一日早く、南アルプスを後にした。
なかなか計画通りにいかないものだ。
前回も一泊削って引き上げた。
残念な気持ちはあるが、それぞれに状況や事情があり、やむをえない。
とはいえ、ライチョウにも二度も会え、仙丈ケ岳は雄大で美しかった。
前回も合わせ、いい登山だった。
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