猫のタクが天に帰っていった。2025年1月27日 17時45分。
苦しみもせず、静かに息を引き取った。
保護猫なので正確な年齢は分からないが、19才か20才。
大往生だったろう。
楽しかっただろうか。
これで、2007年、この八王子の家を建ててからやってきた2頭の犬と3匹の猫たちはいなくなった。
天国で皆と仲良く。さようなら。
猫のタクが天に帰っていった。2025年1月27日 17時45分。
苦しみもせず、静かに息を引き取った。
保護猫なので正確な年齢は分からないが、19才か20才。
大往生だったろう。
楽しかっただろうか。
これで、2007年、この八王子の家を建ててからやってきた2頭の犬と3匹の猫たちはいなくなった。
天国で皆と仲良く。さようなら。
2022年1~4月
時々みぞおちが差し込むように痛む。一度はかなり強かった。
急性膵炎を患った時を思い出し、医者に行くかとも考えたが、それほど大したこともなくそのまま放置。
だが、今考えると内臓の異常な痛み方はたとえ強い痛みではなくとも放置すべきではなかった。ろくなことにならない。
この通り。
4月21日 11時
オフィスのデスクで異様な強い痛みを感じた。みぞおち。この頃たまに来ていた痛み。
椅子に座っていられないほどになり、トイレの個室に駆け込む。若干の吐き気はあったが、大したことはなかった。
便器の脇に座り込み、耐える。汗が噴き出す。
10分、15分、どれくらい耐えただろうか。多少はマシになった。しっとりしたYシャツを意識し、床に溜まった汗の水たまりをトイレットペーパーで拭き、洗面所で顔面の脂汗を拭き、席に戻ったら昼食時だった。
そのままデスクに伏せて寝ようとした。まだ痛みは続いていたが、かろうじて耐えられるほどにはなっていた。今度はかなり強い寒気が襲ってきていた。
救急車か?そんな考えもよぎったが、午後イチで重要なミーティングが控えていた。
とりあえず上長に現状を報告し、早退の許可を取る。
ミーティングは1時間で終わり、皆に早退する事をお詫びし、帰り支度をまとめる。
14時過ぎ、駅へ向かう。なんとか歩ける。こんな時間なら電車も座って帰れるだろう。山手線はガラガラだった。
そして中央線も。ただし、2時間以上強い痛みに耐えた体は悲鳴をあげ、具合の悪さはMAXだった。そこへやってきたのが中央線E型車両の初期型、209系(かな?)。この頃時々これに当たるが、超乗り心地が悪い。しかし、四の五のは言ってられない。とにかく急いで八王子に戻らねばならない。
とても固くて座り心地の悪い椅子に座り、隣のイケメンの兄ちゃんは国分寺でゴスロリの姉ちゃんに代わり、じっと耐え忍んで八王子で降りる。ふらつかないように細心の注意を払った。
幸いな?ことに痛風発作を食らってからずーーっっと通っているかかりつけの内科がある。とはいっても以前は職場が大崎だったので、去年から紹介状で八王子に変わったが。
16時、診察を受ける。採血とエコー検査も受ける。
結果、「胆石かもしれません」とのことで、翌日、大きな病院で検査を受けることに。
17時、バスに乗って帰る。下りたら小雨が降りだしていた。体の震えが止められないような寒気が来ているが、リュックから折り畳み傘を取り出す気力が無い。どうせ6~7分の距離だ。
帰って家族(たまたま娘と息子も帰って来ていて、全員揃っていた)に現状を説明し、布団に倒れこむ。1時間置きに水を水筒で2~3口飲む。1時間置きに起きたはずだが、なぜかぐっすり眠った気持ちがしていた。
22日 9時
入院のつもりはまだなかったが、可能性はかなり高いと思われた。が、とりあえず入院準備はせず紹介状を書いてもらった消化器系病院へ。
レントゲン、エコー検査、CTスキャン、採血。
結果は胆嚢炎だった。先生は「緊急手術です。これから準備して行います」
心の準備うんぬんはすっとばして、私の胆嚢は切り取られることになった。
時間は・・どれくらいだったろう。目が覚めたら終わっていた。
すまない、私の胆嚢。私が不摂生だったばかりに、取り返しのつかない処置となってしまった。悔やんでも悔やみきれない。
いままでありがとう、さよなら、私の胆嚢。
26日 11時22分(現在)
尿道の管も外され、点滴も終わったが、退院はまだ数日先。体に入っていた胆石は小さな容器に入れられて戻ってきた。
せめてもの戒めに、家に持って帰ろう。
2021年7月23日、16時頃、テンセイ(名:天青)は天に帰っていった。
14才。大型犬のサモエドにしては長生きしたほうだったろうか。
しばらく前から立ち上がることが出来なくなり、エサなどは私が介助してやっていた。
ここ1ヶ月ほどはそれも出来なくなり、リビングに横たわったままで、エサの時は枕をして私達夫婦2人で食べさせていた。
2021年東京オリンピックの開会式の日、たまたま帰って来ていた娘に呼ばれた。
テンセイは呼吸が浅くなっていた。ここ2~3日はほとんど食べる事もせず、水を少し飲むだけになっていた。
先に逝った同じくサモエドのタケルもそうだった。
そして、徐々に呼吸は浅くなり、眠るように動かなくなった。
少しも苦しまず、穏やかに呼吸をしなくなった。
さようなら、テンセイ。
天国のタケルと、そして猫のメグちゃんとキミちゃんと仲良く。
あの人に合った。縁もゆかりもない人。
自宅から6km。もう少しで折り返し点にたどり着く少しきつい坂。
ふと横の道の暗がりを見ると、向こうのほうに女性のシルエットが見えた。
折り返し点は少し広い、何も無い場所。散歩?犬も連れてなさそうだけど。
息を整え、水分補給をして、少しストレッチ。そして復路を走り出す。
と、先ほどの女性らしい姿が小さな橋のところに見えた。
しゃがみこんでいる?
「どうしましたか?」私は聞いた。
具合が悪いのだろうか。
女性の返事がおぼつかない。聞き取れない。はっきりしない。
そして、少し泣いているような様子だった。
それにしてもどこから来たのか。ここは街道からは数百mはある。散歩にしては寒すぎる。(気温2度)
よく聞き取れない女性の声。救急車を呼びましょうか?バス停まで送りましょうか?車で来たのですか?スマホは持っていますか?
「7か月前、主人が亡くなったんです。自殺だったんです」
確かにそう言った。
この橋を降りて行こうとしたが、決心がつかなかった、とも。
この川は小さな川の源流域で、今は枯れていて水が全く無い。どうするつもりだったのか。
それよりも、私もどうしていいのか分からない。このままハイさよならは出来ない。家まで送り届けるのか。警察に引き渡したほうがいいのか。
とにかく気温が低いので、女性を立たせ、歩き始める。
近くに無くなったご主人の実家があり、知人に車で連れてきてもらった、と。
弁護士と話し合った。周りから色々と責められた。高校生の息子がいる。
聞き取れないほどの声で、事情の分からない話を女性は私に語った。
私はどうしていいか分からない。
役にも立たない事を言い、自分にも子供がふたりいる事を話したりした。そして女性の話に耳を傾けた。
少し歩いたら、昔ながらの大きな家に着いた。家の前に男性が懐中電灯を持ち右往左往している様子で、家の中から亡くなったご主人の母親らしき老人も出てきた。
私は何も出来ない。ただ、この人を立たせて歩かせて、ここへ来ただけ。気の利いた事も言えなかったし、何もしてあげられることは無かった。
大丈夫だろうか。いや、大丈夫な訳が無い。
しかし、私に出来る事は何も無い。
「大丈夫ですよ。頑張ってくださいね」
そんな言葉しか出てこなかった。
ランニング中、私は見かけたお地蔵さまに軽く会釈をしたりしている。なんとなく、だ。
別に深い意味は無い。
田舎の広い空に出る、色々な月齢の月も好きだ。きれいで明るく、笑顔になってしまう。
この復路、私はお地蔵さまと月に、お願いしながら走った。
「あの人をよろしくお願いします。見守ってください。
頑張ってください。私は何も出来ないけど、あなたを応援しています」
暗い田舎の裏道、人も車もいない道。時々現れるお地蔵さまと、空にかかる月。
何度も何度も、小さく声に出して、そう言い続けながら走った。
何も出来ない、何もしてあげられない自分。縁もゆかりもない、あの人。
でも、生きていて欲しい。
涙を流さず、笑顔でいてほしい。
頑張ってほしい。
家に着く2kmくらい手前からは、声を出して泣きながら走った。
何もしてあげられないけど、ずっと応援します。あなたを忘れない。
ずっと、応援しています。
fitbitを腕に付けて走ること2ヶ月弱。全然大したことないペースで週に4~5回、夜に走り続けている。
我が家は結構な郊外にあって、走るのは街道(めちゃ車少ない)より1本引っ込んだ裏道なので、車はおろか約50分のランニング中ですれ違う人も皆無といっていい。実際、犬の散歩の人が1人か2人、それすらいなかったりする。
それほど夜遅くに走るわけではないが、街灯すら無い場所が多く、腕に点滅するLEDを付けて走っている。
Amazonで安い中華製のスチームクリーナーを買った。3,999円。
いきなり使い始めたらちょっとプラスチック臭いというかゴム臭いというか、臭ったが、効果はなかなか。
レビューでは「すぐ壊れた」とか「いまいちきれいにならない」とかかなり低いが、愛犬の粗相したカーペットを掃除するには十分。
まあこの価格なら壊れてもそれほど惜しくないし。
とにかくスチームクリーナーはかなり使える、ということが分かったから良かった。
サモエドのタケルが天に帰っていった。2020年10月7日 午前11時40分頃。
2007年12月生まれ。大型犬としては平均的な寿命だったのだろう。
一度、少しだけヒーヒーと小さく泣き、その後、眠ったのかと思ったら、息をしていなかった。苦しまず、眠るように逝った。
前日(10月6日)、急に何も食べなくなり、立てなくなった。励ますとなんとか立ち上がることが出来るが、ほぼ立てない。特に苦しい様子も見せず、夕食もほんの少し口を付ける程度。翌日病院に連れていこうかと話していたが、あいにく定休日。苦しい様子は見せず、ものうげなだけに見えて、少し様子を見ようかと妻と話していた。
そして翌日(10月7日)朝ケージから出て来ず、口元にドックフードやキャットフード(大好き)、鶏肉を茹でたもの(大大好き)、牛乳などを持っていっても匂いをフンフン嗅ぐだけで口を付けようとしなかった。
気が付いたら動かなくなっていた。
年を取って、日中は寝ていることが多かったが、直前まで元気だった。油断すると猫の餌をつまみ食いしたり、いたずらもした。
タケル、ありがとう。さようなら。先に行った猫のメグちゃんとキミちゃんと天国で遊んであげて。
KYL22はきっちり2年もってくれたが、案の定というか、四隅が割れ、縦ナナメに一直線にひびが入り、温度や湿度が上がると画面が反応しなくなってしまった。 小ぶりですっぽり手に収まり、大変気に入っていたのだが、この手のおしゃれスマホをアウトドアで使いまくるのは、どだい無理があったのだ。 2010年末から始まったスマホ・ライフだが、無事で残っているのは初代のIS03だけで、それ以降の3台は全て画面割れで買い替えている(機種変更)
一番の原因はなんといっても落とすことで、ストラップを首からぶらさげていたIS03のみが無事でいる。 旧態のパカパカケータイならまだしも、さすがに今スマートホンをストラップ付きで首からぶら下げる人はいない。 もうさすがにコレはタフなやつじゃないと無理(金銭的にも)と思い、TORQUE G2を買った。 これに、ゴリラガラスという超級画面保護ガラスを張り付ける予定。 これで壊れたら、もう撮影は「現場監督」(工事現場向けのカメラ)しかないだ ろう。