あの人に合った。縁もゆかりもない人。
自宅から6km。もう少しで折り返し点にたどり着く少しきつい坂。
ふと横の道の暗がりを見ると、向こうのほうに女性のシルエットが見えた。
折り返し点は少し広い、何も無い場所。散歩?犬も連れてなさそうだけど。
息を整え、水分補給をして、少しストレッチ。そして復路を走り出す。
と、先ほどの女性らしい姿が小さな橋のところに見えた。
しゃがみこんでいる?
「どうしましたか?」私は聞いた。
具合が悪いのだろうか。
女性の返事がおぼつかない。聞き取れない。はっきりしない。
そして、少し泣いているような様子だった。
それにしてもどこから来たのか。ここは街道からは数百mはある。散歩にしては寒すぎる。(気温2度)
よく聞き取れない女性の声。救急車を呼びましょうか?バス停まで送りましょうか?車で来たのですか?スマホは持っていますか?
「7か月前、主人が亡くなったんです。自殺だったんです」
確かにそう言った。
この橋を降りて行こうとしたが、決心がつかなかった、とも。
この川は小さな川の源流域で、今は枯れていて水が全く無い。どうするつもりだったのか。
それよりも、私もどうしていいのか分からない。このままハイさよならは出来ない。家まで送り届けるのか。警察に引き渡したほうがいいのか。
とにかく気温が低いので、女性を立たせ、歩き始める。
近くに無くなったご主人の実家があり、知人に車で連れてきてもらった、と。
弁護士と話し合った。周りから色々と責められた。高校生の息子がいる。
聞き取れないほどの声で、事情の分からない話を女性は私に語った。
私はどうしていいか分からない。
役にも立たない事を言い、自分にも子供がふたりいる事を話したりした。そして女性の話に耳を傾けた。
少し歩いたら、昔ながらの大きな家に着いた。家の前に男性が懐中電灯を持ち右往左往している様子で、家の中から亡くなったご主人の母親らしき老人も出てきた。
私は何も出来ない。ただ、この人を立たせて歩かせて、ここへ来ただけ。気の利いた事も言えなかったし、何もしてあげられることは無かった。
大丈夫だろうか。いや、大丈夫な訳が無い。
しかし、私に出来る事は何も無い。
「大丈夫ですよ。頑張ってくださいね」
そんな言葉しか出てこなかった。
ランニング中、私は見かけたお地蔵さまに軽く会釈をしたりしている。なんとなく、だ。
別に深い意味は無い。
田舎の広い空に出る、色々な月齢の月も好きだ。きれいで明るく、笑顔になってしまう。
この復路、私はお地蔵さまと月に、お願いしながら走った。
「あの人をよろしくお願いします。見守ってください。
頑張ってください。私は何も出来ないけど、あなたを応援しています」
暗い田舎の裏道、人も車もいない道。時々現れるお地蔵さまと、空にかかる月。
何度も何度も、小さく声に出して、そう言い続けながら走った。
何も出来ない、何もしてあげられない自分。縁もゆかりもない、あの人。
でも、生きていて欲しい。
涙を流さず、笑顔でいてほしい。
頑張ってほしい。
家に着く2kmくらい手前からは、声を出して泣きながら走った。
何もしてあげられないけど、ずっと応援します。あなたを忘れない。
ずっと、応援しています。
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